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「セフィロス、最近どうしたんだよ〜」
「……別に、どうもしないさ」
「嘘つけ、なんか怒ってるんだろうが」
「怒ってなどいない」

 そう、怒ってなんていない。ただ、胸の奥が、なんだろう、ぐるぐるする。それがとても不快なんだが、なんて言ったら良いか分からない。この、悲しいと、腹が立つと、なんかもう一つそわそわするような気持ちが混じったモノを、俺はなんて言ったら良いのか分からないんだ。
 そして、なんとなくこれはザックスには知られたくないと思う。

独占欲

 それは先週の事。
 その日、ザックスは就業時間で仕事が終わると言っていた。そしてセフィロスも同じように仕事が終わったものだから、珍しく自分からザックスを迎えに行った。
 ロッカールームで着替えて武装を解除する。行き交う兵士から敬礼されるものに答礼をしながら、セフィロスはザックスたちがいるであろうソルジャールームに向かった。
 その途中、廊下で、セフィロスはふと足を止めた。ザックスがいたので声をかけようとしたのだが、誰かもう一人いた。女性だった。
 セフィロスは声をかけるタイミングを失ってしまい、曲がり角のところで二人を見ていた。
「ザックス、最近誘ってくれないじゃない」
「ごめんごめん、タイミング合わなくてさ」
「じゃあ、また仕事が早く終わった時にでも誘って」
「おう。じゃあなシスネ」
「ええ、気をつけて」
 あの女性はタークスだ。セフィロスだって知っている人間だが、それにしてもザックスとは仲が良いようだ。二人で食事に行くような仲らしい。
 セフィロスはそっと踵(きびす)を返すと、エレベーターへ向かい、そのまま一人で一階まで降りた。そして、ザックスと同棲している自宅へと先に帰った。
 なんだろうか、この嫌な気分は。なぜあの女性とザックスが一緒なのを見てから、こんなモノを感じるんだろうか。
 セフィロスは、一人眉間にシワを寄せて考えたのだが、その答えは見つけられなかった。


「じゃあ、どうしたんだよ」
 ザックスは食い下がった。セフィロスの怒っていない、と言った言葉を信用していないから。ザックスから見て、セフィロスは明らかに不機嫌だった。
「だからどうもしないと言っている」
「……ふうん。分かったよ。……セフィ」
 ザックスはセフィロスの顎に指をかけて自分と目を合わせさせると、ゆっくりとキスしようとした。
 だが、とっさにセフィロスはふいと首を背けてそれを拒否した。直後にはっとする。なぜ今避けたんだろうか。
 いや、今だけではない。あれ以来なぜか触れられたくなくて、夜の誘いもずっと拒んでいる。
「ほら、怒ってるだろうが。どうしたのか言ってみな、ん?」
 まだ言うか。いい加減しつこい。
「疲れているだけだ、気にするな」
 ザックスに目を合わせられず居た堪れなくて、セフィロスは自室へと引き上げた。

 あの日から、さらにセフィロスはザックスに触れられるのが怖くなった。胸の中に巣食う得体の知れないモヤモヤした不快感を拗らせてしまったみたいに。触れられそうになると、不安と言いようのない苛立ちがこみ上げてきて、そんな感情を持て余す。触れ合わせた皮膚を介してそれが相手に流れ込んでしまうような気がして、悟られるのが嫌で、避けてしまうのをセフィロスにはどうしようもなかった。
『今日は友達とメシ行ってくるから、遅くなる』
 出がけにザックスに言われた言葉がよみがえる。久しぶりに部屋で一人晩酌でもしようかと、セフィロスは酒を買って帰宅した。
 リビングで簡単な料理をして食事した後、セフィロスは晩酌を始める。冷やした缶ビールをプシュッと空けて、グラスに移さずにそのまま煽る。ごくり、ごくり、と、発泡性の液体を嚥下する白い喉仏が上下した。
「ふぅ……」
 久しぶりに味わうアルコールに体が温まり、体がほぐれてリラックスし始める。セフィロスは何とは無しにテレビをつけた。途端に賑やかになるリビング。バラエティ番組だろう、司会者がテンポ良く出演者にツッコミを入れて場を沸かせている。
 ザックスは、まだ帰って来ないな。
 セフィロスはテレビの音量を小さく絞って、再びビールの缶に口をつける。別に番組を見ている訳ではないが、手持ち無沙汰なのだ。ぼうっと液晶の中の大騒ぎを眺める。
 ザックスは、友人と食事に出かけた。あのタークスの女性を誘ったんだろうか。
 缶に口をつけながら、思考が回り出す。
 今頃、ザックスはあの人と和やかに食事をしているんだろうか。傍目からはカップルに見えるだろう。とても仲が良いみたいだった。
 なんだか、面白くないな。セフィロスはビールを飲みきると、缶をキッチンに捨てに行く。もともとそこまでアルコールには強くないが、今日は回りが早い。
 もうこのまま寝てしまおうと、セフィロスは洗面所に行き、歯磨きだけして寝室へと引き上げた。

「ただいまー! あれ?」
 ザックスが帰宅すると、家の中は真っ暗だった。部屋に入って明かりをつけると、セフィロスは帰ってきているみたいだった。
 ということは、もう寝た、のか?
 随分早いなと思ったが、キッチンにビールの空き缶を見つけてザックスは納得した。なるほど、酔っ払って寝たらしい。あいつが一人で晩酌なんて珍しいと思いつつ、ザックスもシャワーと歯磨きを済ませ、寝室へと向かった。
「……ん……」
 ギシリ、とベッドが揺れたせいか、眠っていたセフィロスが身じろぎした。そのまま、うっすらと瞼を開く。
「あ、悪い、起こしたか?」
 ザックスが恋人を再び寝付かせようと、そっと頭を撫でてやった時だった。
「ザックス……」
 セフィロスが腕を伸ばし、ザックスの首に絡めて引き寄せた。首筋に鼻梁を埋(うず)めらたと思った次の瞬間、首筋にチリリとした痛みを感じた。
「……っ! セフィロス?」
 驚いてザックスがセフィロスを見つめると、拗ねたような表情とかち合った。
「……お前は、おれのだろう……?」
「……っ!」
 それは、ザックスにとってみればもの凄い衝撃だった。いつも落ち着いていて、どこか飄々とした恋人のなじるような仕草。きっと酔っているのだろう、普段ならばこんなことしてくれない。ザックスからすれば恋人の色々な表情を見たいのだが、如何せん相手が手強いだけに、手を焼いていた。ここの所だって、機嫌が悪く触れさせてもらえない理由を聞き出すことすらできなかった。
「セフィロス、どうしたんだ?」
 内心顔がにやけてしまうのを必死に押し殺しながら、ザックスは優しく問いかける。
「……お前が、あの女性と食事に行くから……」
 セフィロスはそこまでを言うと、また目を閉じて眠りについてしまった。
「えっ? ちょっと、セフィロス〜」
 ザックスは情けない表情で続きを聞けなかったことに焦るが、恋人は既に夢の中。
 仕方がない。明日こそ、問い詰めて言わせてやるからな。
 ザックスはセフィロスの横に潜り込んだ。
 なんだか、あらぬ事を言っていた気がするぞ。嫌な予感がする。
 恋人のしっかりと張った肩を抱きしめて、ザックスも眠りについた。

​Fin

​20151029

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