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 コチ、コチと、時を刻む秒針の音が聞こえるくらい静かな夜だった。

 満月の明かりが差し込む深夜0時を過ぎた頃、この部屋の同居人であるザックスが帰ってきた。玄関の扉が開く音と明かりが点いた事で、セフィロスは読んでいた本から目を上げた。沈み込んでいたソファから立ち上がり、長いストライドで玄関へ出迎えに向かう。

「ふあ~、せふぃろす、ただいま~」

「お帰り。ずいぶんと出来上がっているな」

 セフィロスは苦笑しながら、ただいまのキスをふいと避けてやる。なんらよ~、と不満そうな恋人の声。酒臭いぞ、と言い置いて、セフィロスはザックスを部屋に入るように促した。

 一緒にリビングへと向かい、二人してソファに落ち着く。ザックスはセフィロスの膝枕でゴロンと横になった。ふとももにすりすりと懐いている。全く、まだ仔犬だというのか。セフィロスはクスリと笑った。

「楽しめたのか?」

「ああ、すっごく楽しかったぜ……。ちょー幸せそうだった……」

 ザックスは気持ちよさそうに赤らんだ顔で目を閉じる。

 全く、世話がやける奴だと言いながら、年上の彼は仔犬に戻っている男のネクタイをそっと解き、シャツのボタンを2つ目まで外してやる。

 

 結婚式。ザックスの友人が長年の恋愛の末、この度目出度くゴールインしたと言う。ゴールは新しいスタートで、これから二人で幸せな家庭を築いていくのだろう。

「ああ~、羨ましいなぁ~。俺らも結婚しようよ~セフィロス~」

「ああ全く、酔っ払いは面倒くさいな」

 そういうセフィロスの顔はちっとも面倒くさそうではなく、むしろ穏やかな微笑みを湛えて幸せそうだった。ザックスはそんなセフィロスが心底愛おしかった。

「結婚という法律上の書類が無くたって、こうしているじゃないか」

 セフィロスは言うとそっと上体を屈ませ、先ほどは避けた唇にくちづける。互いの絡み合う視線は途端に甘さを含む。ザックスはセフィロスの頭を右手で抱え込み、そっと囁いてやる。

「なあ、しよう。俺、当てられちゃってる」

 あの幸せそうな光景に。

 セフィロスは微笑む。良いけれど、お前、勃つのか? そんな状態で。

 失礼な、じゃあ証明してやるよ。

 ふふふ、失望させるなよ……。

 優しい夜に溶け込む睦言。互いの体をまさぐり合う衣擦れの音が部屋に落ちる。静かな、静かな夜。

「今日はおれが上だ」

「え!? ど、ういうこと!?」

「抱いてやる」

「!?」

「今日のお前は心許ないからな」

「じょ、じょーだん……」

「冗談だ」

 クスリ、と笑うとセフィロスはザックスのボトムに手をかけて脱がしてしまう。まさか、ザックスを抱こうだなんて露ほども思っていない。只の言葉遊び。

「ふー焦ったぜ。お前時々本気か冗談か分からないからな……」

 ザックスも、つい先ほどセフィロスがしたように苦笑すると、セフィロスを全裸に剥く。二人してクスクス笑いながらイチャつくのはソファーの上。節操が無いな、とセフィロスがまた笑う。

「ザックス、口でしてやる……」

 セフィロスはソファに座るザックスの足元に蹲るようにして口淫を始める。程なくして、ザックスのソレは臨戦態勢に。

 なんだ、以外と使い物になるんだな。

 失敬な、その余裕、突き崩してやるぜ。

 楽しみだな、悦くしてくれよ。

 たっぷり啼かせてやる。

 絡み合う睦言、肢体、愛情。こんなにもお互いを思っている。

 切ないくらい、愛している。

 

 

「あ~、なんか運動したら酒が回った……」

「バカだな、ザックス。ちょっと待っていろ」

 セフィロスはニヤニヤと笑ったあと、至る所に黒髪の男の所有印をつけた体にバスローブを纏い、キッチンへと向かう。スポーツドリンクじゃ余計吸収するからな……。そう言ってよく冷えた水を手渡してやる。

「サンキュー」

 喉を反らして水を飲む男。野生を思わせる陽に焼けた喉笛にたまらなく欲情した。

「シャワー、一緒に入るか。中でひっくり返るんじゃないかと気が気じゃ無い」

 セフィロスはザックスを支えるようにしてやりながら、一緒に浴室へ入る。はぁ~情けないな。ザックスはごちる。そんな日もあるさ。セフィロスは答える。

 恋人をベッドに押し込み寝かしつけ、セフィロスはふと窓の外を見る。月明かりが明るい真夜中。風が気持ち良いだろうなと窓を開ける。普段は吸わないタバコに火をつけ、煙を外へと逃す。明滅を繰り返す先端の火は、確かにかの夏の虫を思わせる。成る程、螢族なんて言うわけだ。

 蛍、その一瞬の命の輝き。

 

 

 ザックス、おれはお前を愛しているさ。お前もおれを愛している。不思議だな、こんなに深く情を交わしていても、いつかは終わる時がくるんだから。

 永遠なんてないんだな。おれたちの運命は狂ってしまったんだ。ザックス、おれには分かる。おれは何か大きな運命に巻き込まれている。お前もきっと道連れにしてしまう。

 嫌なんだザックス、お前の未来が曇るのは。でもお前と離れることができないおれを、お前は許してくれるだろうか……。

 ゆっくりとくゆる紫煙と思考。その両方を吹き消すかのように、セフィロスはため息とともに煙を吐き出した。

 

 

 

 結局、おれは運命に抗えずに翻弄されてしまったな。

 

 ザックス、悪かった。やはりお前を巻き込んだ。この狂気はもうおれを深く深く侵食していて、誰にも止められそうに無いんだ。

「セフィロス、信頼してたのに────────!!」

 そんな顔をするな、笑ってくれ。まるで太陽のような笑顔のお前。

 とどめは刺さずに済んだぞ。さあ、早く逃げろ。何処へでも行け。お前は陽の当たる所がよく似合う。明るい、明るい未来があるはずだ。おれは、別の使命があるようなんだ。母が呼んでいる。行かないと、行かないとならない。

 腹に、衝撃が走る。見やればザックスの誇りがおれを貫いていた。

 邪魔をするな、始まったばかりなんだ。ようやく目覚めたんだ。おれにはおれの運命があるんだ。

 果たさないといけない約束なんだ。

 

 ザックス。お前と過ごした時間はおれにとってとんでもなく大切な思い出になった。おれにも太陽が微笑むのだと、その時は永遠だと思っていた束の間の夢に魅せられた。

 ザックス。いつかおれが星と一つになって、そこにお前もやってくるその日まで、陽の下で笑っていろよ。ああ、でもお前はおれを許さないだろうか。

 おれたちは随分違う使命を背負っていたようだ。

 

 これからおれは大きな使命を果たさないといけないのに、なんだか良く知らない奴に阻まれそうだ。ザックス、どうしたら良い? おれは行かないとならないのに。

 体が、ゆっくりと傾ぐ。

 重力に逆らえずに沈んでいく。

 銀色が舞いはためく。

 

 思い出すのはお前の笑顔ばかりだ。数え切れない程の、幸せ。

 走馬灯が走る。永遠とも思える一瞬。ザックス、ザックス。愛している。

 

 程なくして、緑色の輝きに体が包まれ、意識はゆっくりと霧散する。

 ザックス、すまない。お前との思い出も、もう擦り切れて散り散りになるみたいだ。

 

 ザックス。

 愛している。

 

​Fin

​20150830

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