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結婚狂想曲

 

「決めた! 俺は今決断した! セフィロスにプロポーズする!!」

 おおおっ!と宴会会場がどよめく。

 ザックスお前ついに決断したのか~!! しっかりやれよ~! ヒューヒュー!! 同僚たちから口々に囃し立てられながら、空になったグラスに新たにビールを注がれる。ザックスは酒に酔い若干据わりかけた目をしながら、新しい杯に口をつける。

 それを離れた席から聞いていたアンジールは隣に座っているジェネシスを見た。

「おい、ジェネシス……!! マズいんじゃ無いか?」

「何がマズいんだ? あいつの嫁もずっと待ってただろうから喜ぶんじゃないのか?」

「嫁って、ま、まだなって無いけどな……!」

 なぜか嫁と聞いた方のアンジールが赤面してしまった。

「そうじゃなくて……、あいつらの事って……」

「今更だろう。あのバカップルを知らないソルジャーはモグリだな」

「─────!……そ、そうか……」

 アンジールは内心ショックだった。周りにバレないように隠してやっていたつもりだったが、まさか皆知っていたとは……!

 相変わらず情報に疎いな。ジェネシスが不敵に笑う。ああ、これはスイッチが入った。徹底的に楽しむつもりだぞ。 

 アンジールは内心ため息をつきながら、セフィロスを哀れむ。仲良し3人組だが、たいていはジェネシスに2人が振り回されている。

「よし、ここは俺が一肌脱いでやろう」

 ジェネシスは席を立つと、自分の分のグラスを持ってザックスの元へと移動する。アンジールは只黙って、その背中を見送った。

 

 ザックスとセフィロスの関係は、彼らの同僚であるソルジャーたちの間では有名な話だった。ソルジャークラス1st、その中でも最高峰と謳われる神羅の英雄であるが、その美貌と天然な性格は誰もが知るところ。ザックスの愛しのハニーである事に誰も違和感を持たない辺り、なかなか柔軟な思考を持った集団である。

「で、ザックス」

 ザックスの肩をぽんと叩きながら、ジェネシスが横に座る。

「プロポーズするなら、シチュエーションが大切だ。俺が色々とレクチャーしてやろう」

「お! ジェネシス助かるぜ! サンキューな!」

 ザックスは無邪気に礼を言うが、ジェネシスは単に自分が楽しみたいだけであった。彼なりの友情の表現なのだから、この際大目に見る事とする。

 その頃、セフィロスはルーファウスと共に神羅カンパニー主催のパーティーに出席していた。広告塔として駆り出される事の多い彼は慣れたもので、卒なく笑顔で対応をしている。

 主要取引先や財政界の大物への挨拶を一通り済ませると、二人は一息ついた。

「セフィロス」

「ん?」

「お前、最近どうなんだ?」

「……? いつも通り仕事をしている」

「結婚はまだかと訊いている」

「……! な!」

 何を言い出すんだ! とセフィロスはルーファウスを見て慌てる。なんて恥ずかしい事を言ってくれるんだこの人は……!

「そ、そんな話は無い!」

 ふうん。ルーファウスはニヤリと笑う。

「披露宴は盛大にしてやるから、遠慮なく言いなさい」

「───────」

 セフィロスは内心頭を抱えた。皆、俺たちの事をオモチャのように思っているな……!

「……お心遣いいただきありがとうございます、副社長」

「うん、うちのお姫様の結婚ともあれば、副社長の私が尽力しない訳が無いだろう?」

 ルーファウスはそう言うと、少し向こうのお嬢様方を口説いてくるとするか、と言い残し、ひらひらと手振ってセフィロスから離れていった。セフィロスは、酒のせいだけでは無い顔の火照りを感じてレストルームへと向かった。

 

 セフィロスが帰宅したのは22時を少し過ぎた頃だった。

 ただいま、と応えの無い事を知りながらも呟いて、玄関で革靴を脱いだ。すると、廊下の電気がついて、同居人にして恋人が姿を現わした。

「セフィロス、お帰り」

 チュッと軽く音をたてて唇にキスを落とされる。

「なんだ、まだ帰って無いかと思ってたのに」

「ああ、今日は早く切り上げてきたんだ」

「だいぶ飲んだのか?」

 酒くさいな。セフィロスはクスクス笑いながら、ザックスに連れられて寝室へと向かう。まずは、この堅苦しいドレスコードを解除したい。タキシードまではいかないが、華やかめなコーディネートのスーツを脱いでいく。一人でできる、と言うのに、ザックスに着替えを手伝われる。

 タイピンとカフスをそっと外し、シルクのネクタイを丁寧に解く。ジャケットを脱いでハンガーに掛け、ベスト、スラックスと脱いでいく。

「……ザックス、そんなまじまじと見られたら恥ずかしい……」

「ああ、ごめん」

 いつ見ても、お前が綺麗だからさ。

 まったく、タラしは平然とこんなことを言うんだから困る。セフィロスはふいと顔を背けてルームウェアへと着替える。赤くなったであろう顔は長い髪で隠せているはず。

 着替えてからセフィロスは二人分の紅茶を淹れて、ゆっくりと寛いでいた。風呂に入る前に自分とザックスのアルコールを少し抜いたほうが良いと思ったからだ。特にザックス。また周りに飲まされたな、なんて考えていたら、横に座っていたザックスがふと自分を呼んだ。見れば、やたらと真面目な顔をしている。なんだろう。セフィロスは不思議に思い、ザックスをじっと見た。

 と、次の瞬間、セフィロスはザックスに押し倒された。

「ちょ……! なんだザックス!」

 今日は疲れているから嫌だ。セフィロスはザックスを押し返そうともがく。ザックスの衣服からはアルコールとタバコの臭いがする。自分だって汗と疲労をまだ風呂で流していない。とにかく、このまま持ち込まれるのが嫌なセフィロスがなんとか止めさせようと本気に近い抵抗をする。

 セフィロスがザックスを見ると、彼は思いつめたような表情をしていた。なんだ、どうしたんだコイツ。セフィロスが抵抗を止めてザックスの出方をうかがった、次の瞬間。

「セフィロス……、け、結婚してくれ!!!!」

 セフィロスは固まった。

 

 結論から言えば、セフィロスは嬉しかった。かなりびっくりしたが、愛する人からのプロポーズ。ずっと一緒に居たいと思っていたのだから、嬉しいに違いない。

 しかし複雑だった。酔った勢いで、しかもあのシチュエーション。ムードもへったくれもなく、心の準備をする時間もなかった。しかも、言うだけ言って満足したのであろうザックスに、そのまま抱かれてしまった。突然の大告白に驚いてまともに抵抗できない隙に襲われたのだから堪ったものじゃない。ソファの上で最後までされて、ザックスはそのまま寝落ちした。

「……贅沢な悩みだろうか。おれが女々しいのだろうか……?」

 セフィロスはジェネシスにわが身に起こったことを打ち明けた。神羅カンパニーの、人もまばらな時間帯のカフェテリア。

 あの後、一人で後始末をして入浴し、ザックスの体もざっと拭いてベッドに運んだ。疲れていたところに別の疲労までさせられた体にはすぐに眠りが訪れ、朝目覚めるとザックスがバツが悪そうにしていた。

「それは、仔犬が悪いな」

 おれはちゃんとプロポーズのシチュエーションは大切だと教えたんだがな、とジェネシスはザックスに呆れながら言った。

「きっと居ても立ってもいられなかったんだろう」

 お前の事が好きすぎてな、とジェネシスはセフィロスの髪を撫でながら言う。

「別に怒っている訳じゃないし、断るつもりもないんだ」

 ただ、ちょっとだけプロポーズというものに夢を見ていたんだ。セフィロスは飲みかけのキャラメルマキアートに口をつける。案外、乙女なんだよなコイツ、甘いもの好きだしな。ジェネシスはクスリと笑ってセフィロスに訊く。

「で? なんて答えたんだ?」

 きっと今、仔犬は幸せ絶頂だろうな、とジェネシスは思いながら答えを待った。

「……まだ返事していない」

 え? ジェネシスは固まった。それは、仔犬はさぞ不安なのでは……?

「なぜ?」

「返事するタイミングがなかったんだ。さっきも言った通りだ」

 そのまんま抱かれてしまって、朝は朝でバタバタ準備しておれが早番で先に出社した。セフィロスは言ってふーっとため息をつく。

「いつ、なんて言い出せば良いのか分からなくなったのも困っている」

 ジェネシスはため息をついた。

 ザックス、お前こんなんでちゃんと旦那さんできるのか? セフィロスに心底同情したジェネシスだった。

 

 一方ザックスはというと。

「それでさー、ついにプロポーズしたんだけど、まだ答え貰えてないんだよな~……」

 ぽりぽりと頭をかきながら、クラウドに事の次第を報告していた。

 昨日の晩、クラウドは飲み会の席にいなかったので、プロポーズの話には少し驚いていた。「ザックス、ついに覚悟決めたんだ、男前だな」なんて感心していたら、これである。クラウドもまた、セフィロスに同情していた。

「それは、サーからすればちょっとアレなんじゃないか?」

「やっぱそうだよなぁ」

 あいつ結構可愛いところがあるから、もうちょっとムードとか考えてやった方が良かったな。既に後の祭である状況で、今になってザックスは少し後悔していた。

「でもさぁ、俺も必死だったんだ。もう、決意したらすぐ行動しないとと思っててさ」

「今晩、もう一度言ってみなよ。向こうだって自分じゃ言い出しにくい状況だと思うよ」

「そうだな。うん、そうする」

 ありがとうクラウド。ザックスはそういうと、午後のトレーニングに向かった。

 

「────でさ……、……あれ、セフィロス、聞いてるか?」

「っ! あ、ああ、すまない」

なんだっけ? セフィロスはザックスの話を上の空で聞いていた。

 その夜、ザックスはタイミングを見て、セフィロスに改めてプロポーズをし、答えを聞こうとしていた。だが、肝心のセフィロスの様子が変だ。やっぱり怒ってるのかな。ザックスは少し不安になった。

「セフィロス、その……」

 昨日はごめん。ザックスはまず謝った。酔った勢いでの告白となってしまったこと、強引にコトに持ち込んだこと、なんのムードも無かった事。

「こんなんじゃ、お前も不安になるよな……」

 それを聞いたセフィロスは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。ザックス、お前は本当におれの事を思ってくれていて、必死になってくれたんだな……。セフィロスは微笑んだ。

「大丈夫だ、ザックス。まぁもう少しロマンチックなプロポーズなら尚嬉しかったが……」

 悪戯っぽく微笑みながら言ってやる。嬉しかったさ。おれだってお前とずっと一緒に居たいんだから……。

「ザックス、愛している」

 セフィロスはそっと恋人に口づけてから、吐息がかかる程の近さで言う。

 答えは、イエスだ──。

 ザックスはもう天にも昇る心地だった。

 ああセフィロス、ようやく俺たち結婚できるんだな。

 ふふふ、そうだな。これからも宜しくな。

 こちらこそ、宜しく頼む。

 そのまま二人はベッドに縺れ込む。ザックスがセフィロスを押し倒そうとすると、腕をつっぱって制止され、ザックスはきょとんとする。するとセフィロスはベッドにおもむろに正座したかと思うと、いわゆる三つ指をついて頭を下げる。

「不束者ですが、宜しくお願い致します」

 どこでそんなの教わってきたの?

 ジェネシスがこうして答えるのだと言っていた。

 睦言を交わしながら、今度こそザックスはセフィロスを押し倒す。その夜がいつも以上に甘い夜となった事は言うまでもない。

 

「ところで。君たち、いつ式と披露宴をするんだい?」

 ルーファウスの言葉に、ザックスとセフィロスは書類から顔を上げた。

「ルー、なんで知っているんだ?」

「どっかの誰かが報告をしないから、ジェネシスから聞き出したんだ」

「そうなんですよ副社長。まだ何も決めていないんです」

「ふうん、そうなのか。まあ、ドレスの準備など割と時間がかかるから、まずは計画を立てる所からだ。協力するからね」

「ありがとうございます副社長!」

「ちょ、ちょっと待て!」

 セフィロスは自分を置いて進んで行く話に焦った。式って、披露宴って、そんなの本気でやるつもりなのかザックス。そしてドレスとはなんだドレスとは!

「セフィロス、君は何を言っているんだ? 花嫁の着るウェディングドレスに決まっているだろう?」

「両方共男性だ!」

「君は花嫁だからドレスを着るんだよ。性別はこの際不問としよう」

 こんな背が高いお嫁さんは滅多にいないから特注だな。そう言って笑うルーファウスにセフィロスは頭を抱える。なんてことだ、これは大変な事になったのではないか!?

 セフィロスはザックスのプロポーズを受けたが、籍を入れる事に否やはないが、結婚式やましてや披露宴をする気はなかった。割と乙女で可愛いが、こういう事は夢見ていなかった。

「おれは嫌だ! 恥ずかしい! 式も披露宴もしない」

 途端に厳しい顔をするルーファウス。

「何を言っている。セフィロス、神羅の姫であるキミの結婚式がないなどと、私の人格が問われる事になる。絶対に許さないよ」

 耳をシュンと垂れた仔犬のような瞳ですがるザックス。

「セフィ、俺お前のドレス姿を見たいよ」

「〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰」

 セフィロスはフリーフィングルームを飛び出して、走ってジェネシスの所に逃げていく。勘弁してくれ! とんでもない事になったぞ……! その顔はもう泣きそうだった。

「ふむ、成る程な……」

 なんとかならないかこのイカれた連中! セフィロスはジェネシスに泣きついた。

「おれが迂闊だった。ザックスとずっと一緒に居られると舞い上がって、結婚にまつわるあれこれをすっかり忘れていた……」

 セフィロスは机に突っ伏しながら据わった目で前を睨んでいた。まったく、綺麗な顔が台無しだ。そういうとジェネシスは頬を擽ってやる。その顔は優しそうに微笑んでいるが、内心では面白くて仕方がなかった。

「良いじゃないかセフィロス。結婚式に披露宴だろう? 一生の思い出になるぞ」

「お前は純白のドレス着て披露宴やれって言われてできるのか?」

 お前程は似合わないだろうから遠慮しておくさ。ジェネシスはクスクスと笑う。

「本当にどうしたら良いんだ……」

 バージンロードのエスコートは俺がしてやるよ。そう言ったジェネシスにますますセフィロスは項垂れる。俺はお前の兄みたいなものだ。その言葉はとても嬉しかったけれど。

 

 結局、渋りまくったセフィロスは辛うじて披露宴の刑は免れた。しかしザックスの強い希望とあって、とうとうウェディングドレスを着て結婚式はやるハメになった。参列者はもちろん、ごく一部の事情を知る人間だけだったが。

「あー本当に綺麗だなぁ」

 ザックスは新郎新婦で撮影した写真を見て、しみじみと言う。

「よせ。まったく、みんな感覚がおかしいんじゃないか……?」

 セフィロスはいつも通り、寝る前の紅茶を二人分淹れて運んでくる。その利き手の薬指にはプラチナの指輪が嵌っていた。

「そんな事無いって!」

 セフィロスって女だったのか!? なんて言ってる奴まで居たし。ザックスの言葉に、またセフィロスはため息をつく。

「もう、どれだけ恥ずかしかったか……」

「俺は、幸せだよ」

 お前は? ザックスに訊かれてセフィロスは押し黙る。ずるい。そんな風に言われて、おれがいつまでも不貞腐れていられない事を知っているくせに。

「幸せに決まっているだろう?」

 ずっと幸せにしてくれよ、旦那様。セフィロスはそっと頬にキスをしてやる。ザックスは唇にキスを返す。

「ああ、喜んで」

 

 

 そこから先、セフィロスのサインには全て新たにファミリーネームが付け加えられた。それは、彼が今まで持っていなかったものだった。

 

​Fin

​20150901

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