top of page

新羅時代設定ですが一部捏造あり。ルーファウスが社長で、宝条は悪い人じゃなくて、クラウドがそこそこ強くて、セフィロスのサンプル要素が強い話です。両思いでハッピーエンドの予定。

連載中です。

Rescue mission

 

 平和というものがいかに尊いものなのかは、平和である時には気がつかない。日常に波風が立って初めて、そのありがたみを実感するというものだ。やれやれ、心からそう思う。

 クラウドは神羅ビルの廊下を歩いていた。まあ戦うことが仕事の軍人なんてやっているわけで。その日常が「平和」かと言われると、そうとは言い切れないが。少なくともクラウドの知る「日常」ではおよそ起こり得なかった事態に直面している。

 セフィロスが嫌がらせに遭っている。

 ストーカー、あるいは脅迫、とも言えるかもしれない。

 一昨日、神羅の管理するマンションの、セフィロスとクラウドが同棲している部屋に不審な手紙が届いた。中を開けると、そこにはありがちな、新聞の文字を一文字一文字切り取って貼り付けた短い文章が入っていた。

 『オ前をいたダきニ行く』

 メッセージは、始めはセフィロスとクラウドどちらに宛てたものか分からなかった。しかし昨日になって、今度はセフィロスを名指しした文が届き、セフィロスのオフィスにまで不審な小包が届いた。本人は全く身に覚えがないと言うし、クラウドも、セフィロスに接触する人物はほとんど全て把握しているが、該当しそうな者は思いつかない。

 それにしても、おかしな話ではある。

 セフィロスは、この星で知らぬ人はいないという程に名の知れた有名人。『英雄』の功績はこの星に轟き、そのカリスマ性で人々を魅了している。おまけに、これは内部でもごく一部の人間しか知らないことだが、セフィロスは神羅の科学技術が産み出した「純粋ではない人間」だ。他の生命体の遺伝子が組み込まれている、いわば遺伝子組み換え人間。人体実験など世間が知ったら許しはしないだろうが、幸か不幸か、今の所その事を知る外部の人間は居ない。彼は、人類の福音となるべくこの世界に産み落とされた生命だった。

 結局彼は、当初求められた「人工的に復活した古代種」としての福音にはなり得なかったけれど、その身体が持つ超越した能力を惜しみなく神羅に提供している。当然、神羅はセフィロスを寵愛し、大切に大切に「保護」している。

 今や世界を牛耳る、軍産複合体の中心たる神羅カンパニーが寵愛する人物の自宅に、なぜ不審な小包なんて届くのか。

 絶対に何かある。

 クラウドは状況を副社長に報告するべく、自宅に届いた嫌がらせの手紙を入れた封筒を持って、ビルの最上階にある社長室に急いだ。昨日二通目の手紙と小包が届いた時点で相談をしたところ、証拠を持って来てほしいと指示があった。小包はオフィスに届いたので、直接セキュリティ部門に渡してある。

 エレベータに乗り込み、上がるボタンを押す。扉が閉まるギリギリで一人社員が駆け込んで来る。間に合った、とばかりに安心したような息をつき、こちらに軽く会釈をしたところで扉が閉まった。

 社長は、ルーファウスという色男に代替わりして久しい。まだ若く、父親である前社長に比べ物腰は穏やかだが、存外にいたずら好きた。セフィロスや自分をからかってはカラカラと笑っている。

「社長と14:00から面会の予定があるクラウド=ストライフです」

 秘書に内線で連絡すると、程なくしてドアのロックが解除された。姿を現したのはルーファウス=神羅。今日もそつなく白スーツなんてキザなアイテムを着こなしている。

「やあ。忙しいところご苦労だったね」

 その綺麗な顔に柔和な笑みを浮かべてクラウドを部屋へと招き入れる。

「いえ。こちらも困っていたものですから助かります」

「まあ、前代未聞だからね。座ってくれ」

 応接セットに通され、秘書が二人分のお茶を運んできた。軽く会釈をしてからカップに口をつける。季節は秋へと移ろい、肌寒くなってきた。暖かいお茶が染み渡った。

「これが例の手紙です」

「うん」

クラウドとルーファウスは手袋をしてセフィロス宛の文書を扱う。最初の2通は素手で開けてしまったけれど、そこから後のものは万が一犯人の指紋が残っていたらと思い(おそらく無いだろうが)、素手で扱うことは避けている。

「すごい、コテコテだね」

「何のひねりもありませんね」

 新聞の切り抜き文字で、『セフいロスあんタをもラう』『オとなしくシテいロ』『社長ニは言ウな』。典型的なメッセージだ。

「目的はなんでしょうかね」

「うーん、セフィロスなことは確かだけど……」

 セフィロスの何が目的なのか。ルーファウスは首をかしげる。

「もらうってどういうことだろう。誘拐なんてしたところで、本人に返り討ちにされるのが目に見えてる」

「神羅に痛手を与えたいから、殺したい……?」

 だがそれなら、犯行予告などせずにセフィロスを狙うだろう。クラウドもさっぱり分からない。

「いたずらとか嫌がらせとしか思えないんだよねぇ」

 英雄と神羅に手を出そうなんて、あまりに非現実的だ。

 ルーファウスは考え込みながらも、電話に手を伸ばす。

「もうここらで通報しといたほうが良いだろう。神羅軍には嫌がらせへの対応なんてノウハウはないからねぇ……あ、もしもし、私は神羅カンパニーの……」

 流石に、今回ばかりは警察の力も借りた方が良さそうだ。なんといっても普通の、というのもおかしいが、事件だ。魔晄炉へのテロや襲撃とは訳が違う。英雄を脅すなんて、まったくジョークのような話だが、現実に起こったのだから対応せざるを得ない。万が一、何かあってからでは遅い。

「……ええ、お手数をおかけしますがお願いします」

 ルーファウスが受話器を置いた。通話は終わったらしい。

「刑事がこっち向かうって」

「え、いきなり刑事さんですか?」

「事は重大だと把握したようだ。制服の警官が来ても困るし、ましてやこちらから行く訳にもいかないからね」

 メディアにすっぱ抜かれたらたまったもんじゃない。神羅はこんな事件も自分たちで解決できないのか、などと言われたら軍隊を持つ組織として面目丸つぶれだし、「英雄」が脅迫されているなんて漏れたらイメージ上もマズすぎる。

「セフィロスはそろそろ来るかな」

「はい、統括に呼ばれてましたが、そろそろ終わる頃かと」

「分かった」

 程なくしてセフィロスがやって来た。

 クラウドはそっとセフィロスを抱きしめて、安心させるように背中を撫でる。

「警察の人来るからね」

「ああ」

 セフィロスもクラウドを抱き返す。

「相変わらずお熱いね」

 ルーファウスが苦笑した。

 

「これが証拠品ですね?」

 刑事とはすごい職業である。こんな殺伐とした事象にもテキパキと対応し、無駄なく事情聴取を進めていくのだから。百戦錬磨のプロなんだから当たり前かもしれないが、自分は門外漢だもので、その様はクラウドの目に興味深く映った。刑事からすれば、戦闘が仕事なんてのもすごい職業だと思うのだろう。異業種交流からは刺激をもらえるものだなぁなどと、非常に場違いな感想を抱く。

 そんな事をつい意識的に考えてしまうくらいに、事態は深刻なものだった。

「これは、嫌がらせの範疇を超えています。立派な脅迫、場合によってはストーカーですね」

「やはり、そうなりますか」

「ええ。手紙の内容もそうですけど、小包が決定的ですね」

 刑事も、手袋をして手紙の内容を確かめた。そして、小包の方は兵器開発部門の特殊施設内で開封し、それには刑事とルーファウスも立ち会った。クラウドとセフィロスは、後で教えてあげるからここにいて、と立ち会いの許可が出なかった。もちろん、指示したのはルーファウスだ。

「中身、何だったんですか?」

 クラウドが尋ねると、刑事は苦笑いをしてからそっと耳打ちした。セフィロスには聞かせない方がいいとの判断だろう。

「––––!?」

 聞いて、息を呑んだ。

 それは、マズい。

 セフィロスには内緒だな。クラウドはため息をついた。セフィロスはというと、そんな二人に気づいて首を傾げた。

「どうした?」

「いや、えっと、その……」

 しまった、上手い誤魔化し方が分からない。クラウドの口からは歯切れの悪いえー、とか、うん、とかいう言葉しか出てこない。助け舟はルーファウスが出した。

「セフィ、ちょっとこっち来て」

 刑事との話にセフィロスを強引に混ぜた。助かった、と思いつつ、クラウドもそちらへ向き直った。

 ルーファウスと刑事のやり取りをセフィロスは神妙な顔つきで聞いた。

「誘拐の犯行予告にもなりますね。当分、セフィロスさんには護衛をつけてください」

 クラウドとルーファウスは顔を見合わせ、セフィロスも驚いたような顔をした。それはそうだろう。世界最強の男に護衛をつけるとは、滑稽な話だ。刑事も三人の戸惑いの意味を理解したようで、苦笑する。

「お気持ちはわかりますけどね。一人にならないほうが良いでしょう」

 クラウドとしては、護衛には賛成だった。けれど自分以外の人間がセフィロスと四六時中一緒にいる事になるとすると、それは面白くない。最愛の恋人の安全と自分の悋気を天秤にかけるのはおかしいと分かってはいても、そこは、男として恋人を守りたい。たとえその恋人が自分よりも強い存在でも、だ。

「護衛はオレがします」

 クラウドはルーファウスに名乗りを上げた。

 だが、ルーファウスは認めなかった。

「いや、今回はタークスをつける。護衛がついている事も犯人には悟らせないほうが良いだろう」

 最後にちらりと目配せをしながら言われ、クラウドはそれ以上食い下がることができなかった。

 神羅カンパニー総務部調査課、通称タークス。神羅の、外部には言えないような闇の部分の仕事を一手に引き受ける集団。

 今回の事案には正に適任。

 クラウドはルーファウスの答えを内心では分かっていたが、それでも落胆を禁じ得ない。オレがずっと一緒にいてやりたかったのに。

 刑事は証拠品を回収して、セフィロスから調書を取り、被害届けを出させて引き上げて行った。そして護衛にはタークスのツォンがついた。ツォンとセフィロスは一足先に社長室を退席し、訓練へと戻っていった。今日はトレーニングルームで戦闘訓練の日だ。

 社長室はクラウドとルーファウスの二人になった。

 先ほど秘書が淹れたコーヒーが、応接セットのロウテーブルのそれぞれの前に置いてある。ルーファウスは湯気の立つカップに口をつけ、優雅な仕草で一口飲むと口火を切った。

「キミが聞き分けてくれて良かったよ」

「……あれじゃあ、そうするしかないですからね……」

 クラウドが護衛ではだめだった。その理由を悟らせるためにルーファウスはあの会話の中で目配せをしたのだ。

 小包の中身がまずい。

「全く、どこからあんなモノが漏れたんだか……」

 ルーファウスは落ちてきた前髪をかけ上げながら、疲れを滲ませたため息をついた。

 小包の中には、とんでもないモノが入っていた。

 クラウドとセフィロスが、ベッドにいるところ……要はそういうシーンの写真が数十枚と、それから、脅迫文が一枚。

『ツぎはおレともたのシもう』

 他にも、クラウドと別れろとか、セフィロスにふさわしいのは自分だとか、訳の分からないメッセージがあった。

 セフィロスに言う訳にはいかない。自分の痴態が外部に漏れているなんて知ったら、きっと大きなショックを受けるだろうし、とんでもない屈辱だろう。そして、犯人にセフィロスがクラウドと共にいる所を外で見せるのも得策ではない。もう写真を撮られている時点で隠すことはできないが、もし相手の狙いがセフィロス自身だとすれば神経を逆撫でし兼ねない。それは避けたかった。

「レノとルードと共に一度家に帰って、隠し撮りをしたカメラを外して。もちろん指紋をつけないように。それから、そのカメラは軍の情報解析班に渡すように。」

「分かりました」

 英雄の住居という、神羅のトップシークレットに関わる部分だ。警察は介入させられない。そこの所は警察も弁えているから、証拠品は後日の提出でも構わないだろう。暗黙の了解で住み分けをしている。

 けれど恐らく、この事は内々に処理される。

「タークスには内通者の炙り出しをさせる」

 この犯行には、神羅の関係者が絡んでいる。それも英雄の住居フロアに行けるような。

「全く、セフィロスのストーカーか、はたまた神羅に揺さぶりをかけたい組織の犯行か……」

 いずれにせよ、セフィロスが狙われている事だけは確かだった。

 

 

 

 ゆっくりと扉を開いて、入ってくる者がいる。

 実験室にロックはしていなかったのだから、誰が入って来てもおかしくはなかった。

 最も、白衣をきた人物にとっては、誰が来たのかなんて分かりきった事だった。彼はその人物を待っていたのだから。

 宝条は細胞を培養していたシャーレを置き、ずり落ちたメガネを人差し指と中指で押し上げると、入室して来た人物を見た。

「やあ、社長。どうされましたかな?」

 ルーファウスは苦笑する。どうしたも何も、自分がここに来た理由など分かりきっているくせに。そして、自分を待っていたくせに。この男は、この不毛なやり取りを楽しんでいるのだ。

 仕方がない、とルーファウスは肩をすくめる。この偏屈な男に付き合ってやることにした。

「忙しい所を悪いね。少々、きみの耳に入れておきたい事がある」

「ほう、何でしょう?」

 宝条は、さも今初めて聞いたかのような表情で続きを促す。けれども彼はもう知っている。ルーファウスがどんな話を持ってきたのか。

「実は、セフィロスに脅迫文が届いていまして」

「なんと?」

「彼らの自宅に、隠しカメラが取り付けられていたようで。セフィロスとクラウドのプライバシーを著しく侵害する写真が送りつけられて来ました」

 ルーファウスは、小包に入っていた写真を宝条に渡す。宝条はそれを受け取ると、一枚一枚確認し始めた。

「ほうほう、なるほど、随分とイイ顔をしている」

 セフィロスの事を言っているのだろう。ルーファウスはセフィロスに同情した。全く、この偏屈オヤジは本当に食えない。

「問題は、ここです」

 ルーファウスは、セフィロスが後ろを向いて写っている写真を選び出し、その長い髪の隙間から見えている首筋を指差す。

「……ほう」

 宝条の顔から笑みが消えた。

「恐らく、この程度の解像度では引き伸ばしても滲むので解読はされないでしょうがね」

 宝条は、またメガネを直す仕草をした。しかし先程と違い、メガネはずり落ちてはいなかった。

「まあ、誰も気づくまいが、用心はしたほうが良いでしょうな」

 宝条は写真をルーファウスに返した。

「ええ。特に、犯人が気づいた場合厄介です」

 ルーファウスは写真を受け取った。

 セフィロスの首筋には、サンプルとしてのコードが刻まれている。それは普通に接する距離からは決して見えない。ルーファウスと、科学部門、そしてクラウドと本人しか知らない機密事項。

『S-00』

 JENOVA細胞の移植を受けた人工古代種としてのサンプルナンバー。今となっては、それは誤った認識だったことが分かり、ソルジャーのプロトタイプとなっているが。

「タークスを動かしている。何か分かったら、また知らせます」

 ルーファウスは実験台の上においてあるシャーレに記されたサンプル番号を見た後、踵を返して部屋を後にする。

 宝条はそれを見送り、再び実験作業に取り掛かる。取り上げたシャーレに記された番号は『S-00』だった。

「よしよし、上手く分裂したかな?」

 科学者のメガネが照明を反射して光る。古今東西、科学者というものは真実の探求者と相場が決まっている。世界の真理を突き止めるためには、多少の犠牲をも厭わない。

 セフィロスには、本当の意味での「プライバシー」など無い。彼の身体状態、精神状態は常に把握されているし、行動も監視されている。本人もその辺りは自覚しているだろうが、本人が思っている以上に監視されているのだ。神羅のトップたるルーファウスと、科学部門、そしてタークス。本人も知り得ない監視網で彼は厳重に『保護』されている。

 そして、セフィロスほどでは無いが、クラウドもまた神羅の機密だった。セフィロスと情を交わし、図らずも互いの細胞をやり取りする関係にある。

「安心しろ。二人まとめて、しっかり守ってやるさ。クァックァックァ!」

 プロジェクトを開始しておいて、無責任にもセフィロスから逃げたガスト博士。それに対して最後までセフィロスと共にあると覚悟を決めている点で、宝条はルーファウスから高く評価されていた。

 

「セフィロス、大丈夫だよ?」

「ああ……。すまない、巻き込んでしまって」

「何言ってんの。あんたは被害者だろ?」

「……お前もな……」

 セフィロスとクラウドは連れ立って帰宅していた。昼間、警察が来たこともあってか流石にセフィロスも疲れた様子を隠しきれない。クラウドはそんなセフィロスを心配しながら帰路を急ぐ。

「晩ご飯何にする?」

「……ハンバーグ……」

「よし!」

 クラウドは、意識して何気ない日常の会話を振った。いつも通りだと安心させたい一心で。

「スーパー寄るよ?」

「うん」

 そこの角を曲がった先が行きつけの店。肉も野菜も新鮮でお気に入り。ひき肉と、玉ねぎと、それから……。

 角を曲がろうとしたその時、きらりと光る車のライトが目に入った。え、なんか進路が……。

 おかしい! こっちに来る!? 

 ハッとして、反射的に叫んだ。

「セフィ! 走れ!」

 クラウドとセフィロスは別方向に走り出す。しかし、セフィロスの進路めがけてもう一台車が走って来た。乱暴なブレーキ音と共に、ドリフトしてセフィロスの前に停まる。セフィロスが足止めを食ったのを見て、クラウドも止まる。そこへ、最初に走って来た車が、こちらはクラウドの前で停まった。

「やあ、神羅の英雄さん」

 運転席のドアが開き、中から男が降りてきた。助手席からも、後部座席からも一人。もう一台の車からも数人の男たちが降りてくる。全員黒ずくめで、目元のみを残して顔も覆っている。チッ、囲まれた。クラウドは内心ほぞを噛んだ。

「目的はなんだ」

 クラウドと背中同士を合わせ、自分たちを囲む男たちにセフィロスは冷静に問いかけた。その纏う空気は怜悧で、一瞬にして戦闘モードへと入ったのが分かった。

「僕たちと一緒に来てもらおうか、セフィロス」

 リーダー格と思しき、一言目の口を聞いた男が答える。

「気安く名を呼ばないでいただきたいものだな」

 片方の眉を跳ね上げ、冷えた視線を向けるセフィロスは取り付く島もない。

「まあ、そう仰らず。こちらとしても手荒な真似は控えたい」

 誰に向かって言ってんだよ、とクラウドは呆れた。同時に、不気味な感じがする。相手はこちらを神羅の英雄だと分かっている。ならばこの余裕はどこから来ている?

 嫌な予感がする。

「断る。散るがいい」

 セフィロスが左手を伸ばす。ひゅん、と現れたのは愛刀・正宗。クラウドは合体剣を持っていなかったので、魔法で加勢する準備をした。

「さすが、無駄一つない動き。……だが、僕たちには効かないんだ」

 相手の言葉には耳をくれず、セフィロスが愛刀を構える。そのまま、斬りかかろうとした、その時だった。

「––––ッ!?」

 投げ縄のようにして、セフィロスに鎖が投げかけられた。それは先端に重りが付いていて、ぐるぐると体を拘束する。常ならば、そんなものシールドか何かで防ぐし、万が一かかったとしても引きちぎれるのがセフィロスだった。

 それが、成す術もなく体にまとわりつき、今は全く身動きが取れない。

「セフィロス!?」

 がくり、と膝をつくセフィロスに、クラウドは駆け寄ろうとした。だが、後ろから羽交い締めにされてしまう。それならばと魔法を放とうとしたが、先に敵にサイレスを唱えられてしまった。

「ああ、暴れないで。君の綺麗な体に傷がついてしまう」

 リーダー格がゆったりとした足取りでセフィロスに近づく。目の前まで来ると、顎に指をかけて顔を上げさせた。

 セフィロスはなんとか逃れようともがいていたが、おかしな事に暴れれば暴れるほど、鎖が体を締め付けているようだ。

「これ、君が時々装着させされている首輪の技術を応用したんだよ」

 その言葉に、セフィロスとクラウドは目を見開いた。

 対セフィロス用の制御首輪。それは、あまりに突出した能力を持つセフィロスを支配下に置かなければならず、かつ本人がそれを嫌がる時、或いは長時間に及ぶメンテナンスの時に念のため、主にラボで使用されるものだった。その存在は、セフィロスが神羅の作り出した「サンプル」である事の紛れもない証拠、そして取りも直さず、神羅の機密中の機密の一つだ。

 ま、実は俺も一つ持ってるけど。クラウドはため息を吐いた。無理を押して任務に出ようとしたり、拘束せざるを得ない場合は使ってくれ、と宝条に渡された。夜使っても構わんぞ、という下世話な一言と共に。セフィロスはクラウドをよっぽど信用しているようで、情けなくも好奇心に負けて、夜、一度だけ使用した時、大人しく従った。

 その効果はてきめんで、ソルジャーの中でもトップの強さを誇るセフィロスが、一般兵であるクラウドに力で全く叶わなくなる代物だった。それは確かに、セフィロスを管理する立場の者からすれば心強い道具だろう。

 だが、それが敵に渡ったというならば。

 セフィロスの戦力が、いや、セフィロスどころか全ソルジャーの戦力が完全に無効化されるということだ。そうなれば、ソルジャー部隊は壊滅。もし神羅が制御首輪の技術を持った抵抗勢力と戦う事になれば、敗北に追い込まれる可能性がある。

 なぜそんな機密が流出したーー?

 クラウドと、セフィロス、それからルーファウスを除けば、後は科学部のほんの一握りの地位にある者だけが知りうる存在。それが外に漏れるなんてもう、可能性は一つしかないんじゃないか。

 ––––内通者。

 居る。きっと科学部門から首輪を持ち出した人間が居る。

「おいで、かわいそうに。こんなに消耗して」

 力の入らない体で必死に暴れたセフィロスは、息が上がり、全身に汗をびっしょりとかいて地面に横たわっていた。

「君を、あの鳥籠から解放してあげるからね」

 ぐったりと力を失い、目を閉じてしまったセフィロスを、リーダーがそっと抱きしめた。すかさず数人の男がセフィロスの体を抱えて、車に乗せてしまう。

「さようなら、ひ弱な恋人さん。いや、恋人であるというのも、君たちが一方的にセフィロスに押し付けたことなんだろう」

「ぐあっ!」

 パスッ、という音と共に膝に大きな衝撃、続いて焼け付く痛み。紫煙を燻らせたサイレンサー付きの銃口をしまい、男が運転席に滑り込む。

 時間にしてわずか数分。あまりにも鮮やかな犯行だった。

bottom of page